(小ネタそのいち)
夏だ。じりじりと焼くような太陽光、じわじわと上昇する気温、じっとりと湿る汗、どれもこれも男には不愉快で仕方ない季節である。都会のコンクリートジャングルはどうやったって太陽光を反射するし、跳ね返りに跳ね返った紫外線は肌も網膜も容赦なく焼く。そして気温は否応なく上がっていく。汗は生理現象だ。どうしろというのだ。
どうもこうも、外に出なければだいぶマシなのだから、つまり外出を控えれば良いだけなのだが――男はどうしても外に出たかった。否、それでは語弊が生まれる。とにかく外食がしたかったのだ。
食い飽きたコンビニの弁当類でもなく、親切心という名のエゴで同僚や上司が絡んでくる社員食堂でもない、とにかく快適で美味くてストレスフリーな外食を求めているのだ。
行きたい店は決めてある。リサーチは入念に、徹底的に行った。それで良いストレス解消に繋がるならば安いものだ。むしろ予定を立てている間もかなり気分が上を向きかけていた。我ながら単純だと思うが、そうでもないとやっていられないのだ。
男は颯爽と会社を出て店に向かう道を進んだ。徒歩で行ける距離の店にしたのは、ここ最近ろくな運動をしていないと気付いていたからだ。適度な運動もストレス解消や体調管理の上では重要になる。この暑さで動く気力など根元からごっそりと持っていかれていたわけだが。
しかし今は外食だ。念願かなった外食である。今なら徒歩でも頑張れる。そんな自信があった。いや、もはや自負だ。熱中症で倒れるなどあるものか。それほどまでにひ弱な身体作りはしていないし、杜撰な体調管理もしていない。男はとにかく平穏な昼食を済ませたかった。
ところで、男の勤める会社から例の店までの道のりに、木々が植えられた公園が存在する。都会とはいえ完全に緑がないというわけもなく、当然街路樹はあるし、木のない公園などありえない。木陰がなければ遊ぶ子どもが間違いなくバテるだろう。一歩間違える必要もないくらい容易に死ぬ。昨今の気温の上昇を見れば明白な答えだ。
そう、だから木々の作る陰が少しだけ涼しそうで、吹き抜ける風が少しだけ冷たそうで、男はつい公園の方を見たのだ。あいにく公園を通った方が近道などという都合の良いことはなかったから、本当に視線を遣った、それだけだ。
しかし男はそこで、見てしまった。
木陰に置かれたベンチ、そこにぐったりと伸びているように見える青年らしき人影。目元を片手で覆い隠していた青年は、服装からしておそらく高校生から大学生ほどだろう。昼間からこの暑い中公園とは、と思いながら視線を外そうとした時、青年の手が目元から滑り落ちる。
だらり、と下がる腕。
ゆらり、と泳いだ瞳。
かちり、と合う視線。
男はその顔に見覚えがあった。その髪色に、その瞳の色に、ひどく見覚えがあったのだ。この世界を己としての記憶ではない、どこか誰か、酷く永く生きた男の記憶の、終わりの方で。
決して声が届くような距離ではない。お互いに視線が絡んだとはっきり認識しているのさえぎりぎりの距離で、男は動かしていた足を無意識に止めていた。はっきりと合っていると分かるのに、その瞳は曖昧だ。
熱で暈けたような目で、夢うつつな様子で、青年は唇を動かした。
「エメト、セルク……?」
木々があるからだろう、都会だというのに蝉時雨の降り注ぐ公園で、そのか細いはずの声は男の耳に届いてしまった。
ふわり、青年は笑う。
それが男と青年の出会いであり再会で、青年は熱中症でその後すぐに倒れ、救急車を呼んで病院送りにしたところで男の昼休みは幕を閉じたのだった。
