年に一度、それも大規模なものともなれば、金の動きは活発となる。祭りが始まる数ヶ月前から、店を出す者や祭りに携わる者は準備を始めていた。つまり金を貸す北国銀行とて例外ではなく、じわじわと増えていく仕事は祭りの時がピークだ。
他国からも観光客が来ること、岩王帝君が逝去してから初めての祭りだということもあり、今年の海灯祭は璃月七星としても自分たちの運営による力を見せる場所となっていた。商人たちも負けじと頑張っている。
そんな中で北国銀行が休めるはずもなく、海灯祭が近づく中で、行内はてんやわんやだった。
とはいえ、祭りは祭りだ。年に一度、それも故国スネージナヤのものではない、璃月特有の、歴史の古い祭りである。
休暇申請の提出具合を見て、璃月近郊を取り仕切る執行官として。
「うん、海灯祭を楽しみたいなら遠慮なく申請するように。あまりにも多いようなら時間ごとのシフト制になるかもしれないけど、ともかく俺のことは気にしないでいいからね」
せっかくの祭りなのだから、楽しみたいのなら無理に仕事に拘束させたくはなかった。部下たちはぎょっとしていたものの、タルタリヤの発言に異論はないようだ。恐怖政治を敷いているわけでもなく、意見があればどんどん発言するように日ごろから言い含めているから、まあ遠慮したということはないだろう。
一部の面々には先に話を通した上での発言である。擦り合わせはその段階でしてあるから、早々異論など飛んでくるはずもないのだが、それはそれだ。
元より風評被害という部分では、タルタリヤが蒔いた火種に彼らが巻き込まれている。海灯祭のメインは霄灯を空へ放つ時で、つまり夜の間だ。夜、人ごみに紛れてしまえば容姿を隠すことは容易である。普通に楽しむくらいなら可能だろう。
「君たちはスネージナヤのため、女皇陛下のために働いている身ではあるけど、その前にどうしたって一人の人間だ。せっかくの一年に一回のお祭りなんだし、楽しむことは悪いことじゃないってこと、忘れないでおいてくれ」
来年も璃月に配属されたままであると決まったわけでもないし、来年も無事に生きている確証もない。だから出来る限り、部下たちのプライベートな部分は縛りたくなかった。
とはいえ、あまりにも申請が多いようなら、祭りの何を楽しみたいかによって時間を割り振ることになる。幸い霄灯の様子は北国銀行からでも見られるはずだから、祭りの屋台は昼間もあるし、メインである夜に仕事でも構わないと考える者も居るだろう。
異論はなさそうだと部下たちを見渡した時、す、と受付嬢でありタルタリヤの耳の役割を果たしているエカテリーナが片手を挙げた。彼女は責任者たちにこの提案を持ちかけた時にも傍に居て聞いていたはずなのだが。
「どうかした?」
「公子様はどうなされるのでしょう」
「ああ、もちろん仕事だよ。銀行内でね。俺が居ればある程度内部の人数が減っても問題ないだろう?」
確かにそれは口にしていなかった、とエカテリーナから視線を外し、部下たち全員に向けて発言する。良いフォローだ。
受付嬢や銀行内での仕事、マネージャー等、どうしても削減できない人員は存在するが、特に祭りの時に増えがちな銀行内でのいざこざの際に対応に出る警備の人員は少なくしても問題ないだろう。
ここに腕っ節でタルタリヤの右に出る者は居ないし、責任者を出せと叫ばれたところでタルタリヤ自身が璃月における最高責任者だ。ついでに愛想も悪くないし、客を宥める話術だってある。火種を眺めるのが好きな性格ではあるものの、銀行関連での仕事は迂闊に増やすと地獄を見るのは報告書を本国に送らねばならないタルタリヤの方だった。さすがに場くらい弁えている。
部下たちは互いに顔を見合わせていたが、発言者のエカテリーナは「承知しました」と頷いた。
「私は出勤しますので」
「うん、受付は頼んだよ。……エカテリーナもたまには息抜きしたら?」
「公子様のおかげで間に合っておりますよ」
仮面の下の表情は上手く読み取れないが、どうやら彼女は確かに柔らかく微笑んでいたようだった。
//
海灯祭は数日間続く。初日で客足をある程度確かめて、この体制で問題ないと判断できたため、北国銀行は普段と少々異なる勤務体制になっていた。
一度部下が「霄灯が」と呼びに来た時には気が抜けてしまったが、見逃さなくて良かったと思う光景だった。霄灯は仙人への伝達であり、戦士した英霊たちを導く灯火である。璃月を破滅に導きかけたタルタリヤがぼんやりと美しいと考えるのもどうかと思うが、霄灯も花火も、美しいものをそうと感じることに良いも悪いもないはずだ。
申請した者たちは存分に海灯祭を楽しんだようだったし、通常通り勤務すると決めていた者たちも、どうやら仕事終わりや休憩時間に軽く見て回って楽しんでいたようだったから、今回の判断は成功だっただろう。
祭り中、昼間こそ来客はあったものの、昼が過ぎ、日が落ち始めた頃には客足もほとんど遠のいていた。海灯祭の方に集中していたのだろう。宣言していた通りに銀行内で仕事をしていたタルタリヤも、部下に頼んで買ってきてもらったチ虎魚焼きをかじりながら、人が減っていく銀行内の様子を肌で感じ取っていた。
ばたばたしていた時間こそあったが、処理すべき仕事は全て片付け、まだ締め切りは先の仕事の下準備にまで手を出せるほどには捗った。
そうして迎えた海灯祭最終日。
連日夜遅くまで銀行に残って仕事をしていたタルタリヤは、ここに来てついに部下の手で執務室から引っ張り出された。
「ちょっと、デットエージェントだけじゃなくてエカテリーナも共犯?」
「もう海灯祭も最終日です。我々は公子様のご提案もあり一通り参加できましたし、働き詰めだったぶん、明日は少しゆっくりなさってもよろしいのではないでしょうか」
「片付けが始まってる海灯祭に駆け込みで参加してこいってこと? 霄灯も花火も見たし、屋台のご飯も君たちに買ってきてもらって楽しんだんだけどな」
デットエージェントの声掛けで執務室から出てきたタルタリヤと対峙しているのは、引っ張り出した張本人ではなくエカテリーナだった。確かに璃月での情報収集では彼女を重用していたが、タルタリヤの説得役にまで抜擢されるとは思いもしなかった。
あの執務室は現状、タルタリヤしか使用しない部屋だ。今でなくとも良い仕事にまで手を伸ばしてしまっているし、暇であると言えばそうだった。どうせ海灯祭が終わればまた忙しくなるに決まっているから、明日も普段通り出勤するつもりでいたけれど。
「まさか物理的に仕事から遠ざけてからその話を持ってくるとはなぁ」
「私どもに海灯祭を楽しんでも良いとおっしゃったのは公子様です。それは公子様自身も同じではありませんか?」
「うーん……」
「ご配慮はありがたいですが、いただいてばかりでは身に余るというものです」
「それは、そうだね。そこは俺が悪いな」
なにせタルタリヤはファデュイの中でも十一人しか居ない執行官だ。末席とはいえ、女皇直々に選出されたうちの一人である。腕を組んで考え、エカテリーナとデットエージェントを眺めた。
戦闘においては確かにタルタリヤはファデュイの中でもずば抜けている。そういう自負がある。しかしそれ以外ではどうしたって他の者の手を借りる必要がある。そして隠れ潜んで情報収集すること、単純な銀行業務や、取引先の接待。それらの全てにおいてタルタリヤが優れているとは言い難かった。
結局のところ、タルタリヤの指示に従って動いてくれる部下も必要不可欠なのだ。タルタリヤの武力を知っているはずの彼らがこうして面と向かって嘆願してくる時点で、もう彼らにとっては負担である。
「……分かった。明日は少し出勤が遅くなっても良い?」
「はい、ではそのように」
「悪かったね、君たち以外にも」
気を遣ったつもりが気を遣わせてしまった。恐縮そうに腰を折った二人に気にしなくて良いと言いつつ手を振り、タルタリヤは一度執務室に戻る。
次回似たようなことがあれば気をつけようと決め、タルタリヤは退勤の準備を始めた。準備といってもそれほど大層なこともなく、基本的に携帯必需品は身につけたままなのもあって、執務室に鍵をかけてしまえば退勤準備など終わったようなものだ。
あの二人からもう伝え聞いていていたのだろう、タルタリヤの姿を見てすっと静かに例をする裏口の警備員に軽く挨拶して外へ出た。
「――なんで居るの」
静かにドアを閉めて前を見れば、祭りの喧騒が遠くに聞こえる夜の静寂の中、その男は光の浮かぶ暗い空を見上げていた。
まさに海灯祭の見物だった霄灯に似た、けれどもっと深みのある灯りの色がタルタリヤを見る。夜の暗闇の中でぼんやりと浮かび上がるような瞳は、本当に灯りそのものだ。ゆるりと細められ、かと思いきや静かにタルタリヤに近づいてくる。
「公子殿は、祭りの間も職務に励んでいると聞いたからな」
「……仕事で忙しいって、先に伝えたと思ったんだけど」
「ああ。だからこそ、こうして最終日の夜までは誘わずにいたんだ」
本当に、嬉しそうに笑う。これが六千年も生きている爺だと誰が思うだろう。外見が若い男の様相だとしても、タルタリヤが現れて嬉しそうにしている男の表情はどこか幼さが覗いている。
ふ、と息を吐いたタルタリヤは、こてりと首を傾げて男を見た。
「じゃあ鍾離先生が案内してくれる、ってことで良いよね」
「もちろん。来年こそは参加しようと公子殿に思わせてみせるぞ」
「ハハ、なにそれ。本当に璃月が好きだな」
もうずっと分かっていたことではあるが、璃月のことを語る時の鍾離ほど止めるのに困ることもない。皮肉にさえならないことを分かっての発言を、しかし鍾離は首を傾げて返してくる。
「一日にも満たない時間では到底足りないから、来年は公子殿にも参加してもらわないとな」
来年も俺とつるむ気なの、とは、さすがに言う勇気が出なかった。
2021.2.27
