お前の見る世界が気になった
塵歌壺の中でイベントを行おう、なんていう発想が出てくるのはあの旅人特有のものだろう。よくもまあここまでやったものだ、とタルタリヤはストローを吸った。不卜盧の少女が好きだからと、璃月ブースの一画で売っているココナッツミルクのおまけのように置かれているココナッツジュースである。
モンドの風花祭、璃月の海灯祭に月逐い祭、稲妻の花火大会と光華容彩祭を経験して各国の文化を学んだ旅人が、本人曰く「やってみたかったんだよね、バイキングみたいに盛り盛りのテーマパーク的なイベント」とのことで準備したのが、この光景である。
タルタリヤの目の前には璃月の景色が広がっている。璃月様式の家屋に屋台、そして植物。玩具の屋台にはかつてタルタリヤも家族に贈った凧や風車が飾られ、食事を出す屋台には傍に竃まで準備した状態で食事がとれるようになっている。調理のメインは香菱だ。彼女は参加者側ではあるものの、旅人の協力者でもあるらしい。
道として整備された石畳を練り歩くのは、璃月で見た覚えはないし服装からして旅人のモンドでの知り合いか。
今タルタリヤが居るのは、そんな料理屋台の近くに準備された食事スペースである。
なお目の前の席には、旅人からここに招待されるほどの縁がある璃月人であれば誰もが知っているであろう男が座っていた。
「先生、あちこち観光しなくても良いの?」
「公子殿が来る前に一通り見て回ったからな」
「あの先生が一通り見て回るのに半日で済むとは到底思えないんだけど、明日槍でも降るのかな……」
「そもそも俺は旅人が企画し始めた段階でいくらか助力を請われていた」
「ああ、そういえば言ってたね……」
よく知らないが、仙人お手製の洞天といっても色々と制限があるらしい。招ける人数だとか、配置できるものの数だとか。それを限定的に拡張してこのイベントを行っているのだとは、正に企画中から旅人に協力していた鍾離から聞いた話だ。
どうやら当初からタルタリヤも招待するつもりで居たそうで、鍾離はそんなタルタリヤに今回のことを伝える役も担っていたと聞いたが、頼まれた通りにタルタリヤに声をかけた鍾離も鍾離なら、まずこんな場所にタルタリヤを招待したがった旅人も旅人だろう。
洞天内で旅人が行った各国の景色を再現し、実際にそこで食べられるものであったり、遊べるゲームであったりを体験できるようなイベント。招く参加者は洞天内で行う都合上、旅人と縁のある者のみ。
――つまりスネージナヤとは未だ縁の薄い旅人が招く者たちにとって、ファデュイの執行官たるタルタリヤは世界的な悪者で、敵なのだ。
明らかに悪目立ちするし、下手をすれば和やかな雰囲気さえ壊しかねない。元よりタルタリヤの性質を身をもって知っている旅人も大胆なものである。確かにタルタリヤもせっかくのイベントを台無しにするわけにもいかないからと、あれこれ考えはしたけれど。
ふ、と息を吐けば、目の前に座っている男がゆるりと目を細める。
「だからこそ、その服の準備も間に合ったわけだからな」
「これは確かに、助かりはしたけど。私情が溢れすぎじゃない?」
「よく似合っているぞ」
「……あの高名な鍾離先生が自ら選んでくださったものだからねえ」
タルタリヤが身に纏っているのは普段の灰色の制服ではなく、鍾離が選んだ璃月様式の服だ。赤い仮面も神の目と共に腰へ移動させている。目が肥えている者なら見ただけでどれほど上質な布か分かる光沢に、さすがのタルタリヤも、よくまあここまでやるものだ、と思ったほどだった。
たった一日のイベントのためだけに、この男はタルタリヤに服を贈ったのだ。
渡された日に聞いた蘊蓄で、この服に使われた霓裳花の種類や織り手の技術の高さ、鍾離の服に似たダークブラウンへと染め上げる原料について、施された刺繡についてなど、これでもかと情報は手に入れている。
そこからタルタリヤが脳内で弾き出した暫定額は、持ち歩かれない財布からきちんとモラを出したとは信じられないほどだった。これが往生堂の請求になっていたらあの堂主が哀れで仕方ない。
とはいえ、贈られたということはもうこれはタルタリヤのものだ。着るのを惜しみはしない。色やセットで渡された靴や小物まで合わせると、明らかに鍾離の傍に立つことを前提とした意匠になっているなと思ったが。
「似合いはしても、馴染めるかどうかと、受け入れられるかどうかはまた別の話なんだけど」
「公子殿の立場ではどうあれ難しいだろう。ならば知らない者に物珍しい目で見られることを回避できるだけ上々のはずだ」
「うーん、その通り」
せっかくの服も、さすがに各国の上層部など、顔や特徴を知る者からすればあまり意味をなさなかったらしかった。そうでない者の場合、そもそも執行官の服を着ていたところでタルタリヤが執行官だと気付かないのだ。今思うとわざわざこれを着る必要もなかったような気がする。
モンドであれば西風騎士団が、璃月であれば璃月七星が、そして稲妻であれば各奉行のお偉方が招待されていることは把握済みだ。さすがに共に旅人に招かれた立場としてやり合う気はなさそうだったが、それはそれで物足りないし、穏便な手段である政治的なやり取りについてはタルタリヤの方からお断りである。
「……さて」
子どもたちが持っていても零さないように配慮された蓋とストローつきのカップを揺らす。かなり軽い。ちょうど良い頃合いだろう。
「そろそろジュースがなくなりそうだし、新しいものを買ってくるよ。先生はゆっくりしていてくれ」
「む、そうか」
立ち上がったタルタリヤは鍾離の視界から外れたと同時に、ちらりと少し離れた家屋の方へ視線を流す。そちらはゲームを楽しめるようになっていて、璃月千年や本格的な販売は行われていないはずの機関棋譚、蔵影灯を楽しめる場所になっている。
そこに居るのはゲームで遊んでいる稲妻人らしい少女たちと――かつて稲妻で旅人と共に居合わせ、噓をつくことになった辛炎と、璃月の文化人であればやはり知らない者は居ないであろう雲翰社の雲菫だ。
目が合った二人にひらりと手を振り、タルタリヤはそちらとは別方向に歩き出す。ココナッツジュースが置いてあるのは、ここには無銭飲食をやるような輩は居ないだろうから、という善意への期待のみで作られた無人屋台だ。間違いなくこちらの方向で合っているが、タルタリヤの目的はそこではなかった。
屋台を見ているモンド人らしい少年少女の邪魔をしないように道を通り抜け、飲み物の無人屋台でカップと蓋、ストローをそれぞれ別の箱に入れる。身軽になったタルタリヤはそっと腰に付けた神の目と赤い仮面に触れた。
鍾離の方に視線を遣れば、辛炎と雲菫が鍾離の向かいに座っている。視線を感じていたから譲ったが、正解だったようだ。
悪者であるタルタリヤと違い、鍾離は知識人として璃月人からは知名度が高いし、旅人経由で他国の者にも情報が伝わっているだろう。それに西風騎士団の面々の中に吟遊詩人の少年が居たし、あの男と話したいと思うものは片手の指の数では収まらない。
ならばタルタリヤが独占している方が、周りの反感を買いやすい。少女たちと話している鍾離から視線を外して、タルタリヤは歩き出した。
旅人に塵歌壺を与えた仙人と、鍾離の協力によって、今の洞天は一時的に構造が変わっている。浮島と浮島を繋ぐ光の橋を渡って次の島へと辿り着くと、島に足を付けた途端に景色がぶわりと塗り替えられた。
璃月の仙人が作った秘境で見たことのあるような景色から、以前鍾離の洞天でも見た絵巻物のような鮮やかな空が広がる、稲妻様式の建物が並ぶ場所へ。
人影もちらほら見える。真っ先に目に入るのは本を並べている屋台辺り、どうやら服装的にモンドの錬金術師たちと、あれは飛雲商会の次男坊と方士一族の少年か。その向こうには屋台と建物が並ぶメインストリートから少し外れた位置、神社のような一角に、かの雷神にその眷属たる鳴神大社の宮司が居た。
立場的なものを気にしなければならないのはそれこそ神社に居る面々だ。屋台をさらりと見て、休憩用のスペースに行くくらいなら干渉されることもないだろう。整備された道を歩き、傍にあった狐の面が展示された屋台を見る。
確かこれは面掛けであり、面を購入する場所ではなかったはずだ。実際、購入できる飲食物の屋台には設置されている集金箱がない。どうせ買ったところでタルタリヤに被るつもりはないし、どういう意味を伴うのかを知っているから家族への土産にも出来ないのだ。ふらりと離れ、また奥へ。
モンドと璃月の少年少女たちより手前の位置に、飲料の屋台が置かれていた。購入できるのは緑茶、団子牛乳、紫苑雲霓、五目ミルクティー。よくもまあ揃えたものだ。璃月ブースは香菱が協力者だったが、稲妻は――手伝えるとしたら社奉行の者か。
五目ミルクティーを手に取り、モラを箱へと入れる。聞こえた音から察するに、わりと盛況らしい。稲妻は最近まで鎖国していたから、モンドと璃月が拠点である者が多い参加者に人気なのも道理だ。
ぷすりと蓋にストローを差して横を見ると、こちらは稲妻の菓子の屋台である。三色団子、緋櫻餅、夕暮れの鯛焼き、ラズベリー水まんじゅう、緋櫻えびせんべい。『緋櫻毬の確保が大変だったので三食団子、緋櫻餅、緋櫻えびせんべいは一人一セットまで!』という看板がある。旅人だろう。いくら今回は対価としてモラを要求しているとはいえ、よくもまあここまでやるものだ。
これを行うことによる旅人の利点らしい利点は、知り合い同士が仲を深める――かもしれない、くらいだと思うのだが。
ファデュイが、タルタリヤが仕出かしたことを知っていて、頼まれた通りにテウセルの面倒を見た上に、魔王武装の反動で弱っていたタルタリヤに止めを刺さないどころかテウセルにも秘密にしてくれたあのお人好しだ。楽しい、以外に理由なんてないのかもしれない。
「やあ、一人なのかい?」
「ちょっとばかり有名なものでね。君は俺に構いに来ていいの?」
斜め後ろから掛けられた声には驚かなかった。おそらく相手もあえて気配や足音を消さなかったのだろう。振り向けば、そこには神里家家司のトーマが片手を軽く挙げて立っている。どうやら後ろにある建物から出てきたようだった。
トーマはタルタリヤが稲妻に居た際に出会った男だ。とはいえタルタリヤは表向きファデュイが稲妻で仕出かしたことの釈明という非常に面倒臭い仕事を、裏では神の心を持って失踪した散兵の捜索をするための滞在の間のことだから、もちろんファデュイの執行官であることも知られている。
逆に言えばその時に政治的なやり取りは済ませているため、相手のやり口を既に経験しているという意味では接しやすい相手だった。事実、仕事さえ絡まなければそれなりに話は上手いし、聞いていて退屈しないから付き合いやすいタイプである。
もう腹は探り合い終えているようなものだ。肩を竦め、少し呆れたようにトーマは笑う。
「こういう場にまで無粋なことを持ち込むべきではないだろ」
「……そうだね、旅人の顔に泥を塗るわけにもいかないし、祭りを楽しむのに立場も人種も関係ないことだ」
「なら君とオレが話していようが、誰も構わないさ」
人好きのする笑顔は人々に心を開かせるような気安さがあった。出島で顔役になれるくらいにそういった交渉の類は上手い男だから、これが完全な本心でもないだろうと思う。だがタルタリヤにとって、目的は分かりやすければ分かりやすいほど楽だった。
ここで政治的な話はしないし、探り合いもしない。そう明言されたも同然だ。全てはこの場を整えた、あのお人好しな旅人のため。稲妻も旅人の存在によって目狩り令が終わったようなものだから、トーマも邪険に出来ないのだ。もちろんテウセルの件があるタルタリヤも仕事が絡まない場では同様に。
一時休戦。分かりやすい関係性である。タルタリヤも「なら良かった」と笑い返した。
「それ、五目ミルクティーだろう?」
「今買ったばかりだよ。稲妻に居た時は飲んでなかったなと思って」
「それなりに甘いけど」
「砂糖がどばどば入っているようなものでもなければ大丈夫。甘くても精々団子牛乳くらいまでだろう?」
「甘さで言えばそうだね」
「なら問題ないな」
試しにストローを吸ってみると、甘いミルクティーと共に何かが口の中に入ってくる。ぐにぐにというには歯触りが良い。ゼリーに近いが、どうやら少し違う。近いとしたら稲妻のおでんに入っていた蒟蒻か。もぐ、とそれを噛みながらミルクティーと共に飲み下す。
食感も楽しめる飲み物だ。団子牛乳が発端なのだろう、今の稲妻での流行りはこういうものなのかもしれない。
「うん、悪くない」
「口にあったようでなによりだよ」
「もしかして稲妻の料理の協力者は君かい?」
「主に調理と、飲み物の仕入れでね」
予想通りだった。なるほどと頷いて、ついでに菓子の方の屋台を指差しておすすめを聞く。半分くらいは稲妻に滞在中に食べたが、残りは知らないものだ。なんとなく見た目と名前から使われた食材は見当がつくから、味もある程度察しがつくが。
どうせなら作った者からおすすめを聞いた方がより楽しめるだろう。旅人が用意した場だし、他の参加者の口にも入る以上、毒の類の心配もない。
「そうだな、五目ミルクティーを飲んでいるなら緋櫻えびせんべいがおすすめだ。これは塩気があるから、甘さ同士で喧嘩せずに済むよ」
「ふうん? じゃあそれももらおうかな」
「個人的には夕暮れの鯛焼きも、かなり綺麗な形で焼けたものばかりだから楽しんでほしいんだけど、こっちはもう少しすっきりする飲み物と合わせるのが良いからね」
「これ、気になってたんだけど、頭から行くものなのか尻尾から行くものなのか聞いても良い?」
「それは流派によるな。腹から行く派も居るくらい人による部分だ」
「そうなんだ……」
「ちなみにどこから行くつもりだった?」
「俺なら頭かなぁ」
やはり喰らうならばガブリと勢いよく行ってみたいだろう。そんな下らない話をしながら、二人で飲食用に置かれたテーブルと椅子へ移動する。その間にちらりと周囲を見れば、神社の一角に抵抗軍の大将が居た。トーマは彼と共に居たのかもしれない。
椅子に腰を下ろして一息つくと、ひらりと薄桃色が降ってくる。稲妻らしい色だ。
「それで言うと、オレも気になっていたんだけど」
「どうかした?」
「明らかに璃月様式の服装をしているのは」
「……知り合いからの贈り物だ。残念なことに、旅人の知人に俺以外のスネージナヤ出身者は居なかったからね」
執行官の制服は言うまでもないが、スネージナヤ様式の私服でも浮く。と、遠回しに口にした。璃月様式である説明をしなかったのはわざとだが、さすがにトーマはそれで誤魔化されてくれない。
ちゅる、とストローを吸って会話から逃げるタルタリヤに、トーマが笑顔で追い打ちをかけた。興味があります、と顔に書いてある。
「その知り合いは璃月人なんだね。良い仕立てだ」
「……あいつが聞いたら喜ぶよ」
「こっちに来るまでどこに居たんだろうと思ったけど、もしかしてその人と一緒に居たのか?」
「俺の交友関係知って楽しい?」
「ああ、ごめんごめん、本当にこれは単純な興味だ」
「……まあ、どうせあいつならなぁ」
鍾離は往生堂の客卿だ。そして少し探れば北国銀行と往生堂に関わりがあることなど簡単に出てくる。北国銀行を通してファデュイであるタルタリヤとも縁があるのはおかしなことではないため、あえて隠さなければならない理由もない。
しかも元岩神という裏の事情こそあれ、表の顔では知識人として人気者だし、わざわざタルタリヤが守ってやらなければならない理由もなかった。探られて不快であれば鍾離も口を閉ざすだろうし、言ってしまっても構わないだろう。
はあ、と溜め息を吐くと同時、視界に見覚えのありすぎる姿が映りこんだ。
「……アンタ、追いかけてきたわけ?」
「え?」
「無言で居なくなったのはお前の方だろう」
それは事実であるため、特に返せることがない。当然のように空いている席に腰を下ろした男に、トーマは困惑と動揺をしているようだった。知らないものを見る目だ。どうやら鍾離とトーマに面識はないらしい。
「お初にお目にかかる。俺は往生堂の客卿、鍾離という」
「あー、往生堂ってところで雇われてる知識人だよ。よく鍾離先生って呼ばれてる。ついでに、これを贈った張本人」
「オレは社奉行である神里家の家司、トーマと申します。彼に倣って鍾離先生と呼ばせていただいても?」
「そんな風に呼ばれるようなものでもないが、構わない」
「いいや、彼に贈ったという服は質も良い上にとても上品な仕上がりだ。しかも彼によく似合う。相応の目利きでしょう」
挨拶と社交辞令を聞き流しつつ、どちらとも知り合いであるタルタリヤは五目ミルクティーを飲んだ。鍾離が本当に稲妻に足を運んでいないのだとしたら、本場の味を未だに知らないと同義である。
会話が落ち着いたところを見計らい、タルタリヤはストローから口を離した。鍾離に声をかける。
「鍾離先生、あっちに屋台あるよ。稲妻料理、気になってたんだろう?」
「今飲んでいるそれは?」
「五目ミルクティー」
興味津々という目だ。面倒になって飲みさしのそれを渡してやれば、受け取った鍾離は素直にストローに口をつける。普段は茶や酒を飲む様子ばかりを見ていたから、ストローを吸う鍾離は初めて見たかもしれない。真面目腐った顔で飲む様子は可笑しかった。
「……どういう関係か聞いていいかい?」
「元協力関係……かな?」
「味気ない言葉だな。ふむ、甘いが面白い食感だ」
「こういう感触はセーフなんだ。海産物じゃなければ良いわけ?」
「生臭さがないのと形の影響もあるだろう」
「ふうん。……あ、結構飲んだね? いいけど」
返された五目ミルクティーは先ほどより軽くなっている。それは、と更に緋櫻えびせんべいの説明を求められたため、とりあえず名前だけ教えた。詳細は知らないため説明のしようがない。
トーマを見れば、胡乱げな目で見られる。そんな目で見られても困るのだが。大体マイペースな鍾離の前であえて仕切ろうとする方が無駄なのだ。
「旅人から聞いたことがあるが、団子牛乳というものもあるらしいな。次はそちらを試すか」
「ちゃんとそれも売ってたよ。いってらっしゃい」
「行ってくるとしよう」
立ち上がった鍾離に軽く手を振り、タルタリヤはトーマを見た。
ものすごくもの言いたげな視線である。何を言うか考え、特に思い浮かばなかったため、無言で肩を竦めて返した。トーマが溜め息を吐く。
「君は案外身近なことになると鈍感なんだな」
「それはアレの振る舞いをよく知らないからだろう」
「元協力者、に服を贈る理由はないように思えるよ」
「あいつは俺に対して遠慮する理由がないと思ってる節があるからね」
「……うーん」
もうお腹いっぱいだから勘弁してくれ、と言うトーマに、タルタリヤは無言でストローを吸った。別に間接キスに甘酸っぱさを見出すような年頃ではないし、たぶん鍾離に間接キスと言う概念はないし、そもそもタルタリヤと鍾離はそれ以上も経験済みだ。恥じらいなどないのだから仕方なかった。
