Bless with that journey

Bless with that journey

 01

「其方は姿を見せんで良いのか?」
「……休憩中の身デスカラ」
「そればかりというわけではあるまい。現にこの私から逃げようとはしておらんのだから」
 言いながら、少女が見遣る方に視線をくれる。あちら側にはわいわいと楽しげにしている人々がいた。それも、見知った者たちばかりだ。
 数年前までは、その輪の中に確かに自分もいた。逆に今は、その頃であればいなかった姿もちらほら見える。その違いこそが重要で、それがある以上、もうあの輪は自分の混じれるところではなかった。
 だから、明確な軀というこの世界と魂とを繋ぐ器を失ってからは、あそこに立ち入ったことがない。それに欠片の一つでしかなかったセブンゴーストの頃と違い、本物の、フェアローレンの後継となってしまった己がそう簡単に生者に関わるわけにもいかないだろう。男は考える。
 それに、元が人間だからこそフェアローレンの二の舞にはなりにくいだろうが、死神である以上いずれ来る終焉を、この手で彼らにもたらさなければならない覚悟を、決めていかねばならないのだから。
 彼らの命の終わりを告げ、その魂を天界へと送る。その意味を、斬魂として生きていた頃から突きつけられていたからこそ、男はあの場所に混じって笑い合うことができなかった。
 視線の向く方向、旧知の者たちは楽しげに話し、まだ幼い子どもの一挙一動に意識を向けている。幼い子どもは突飛な行動に出やすいからだ。彼らを包む空気は、春の晴れ渡った青空のように朗らかだった。
「なんつーか、なあ……」
 会話する相手など、魂を回収する対象か、あるいは仕事しろとせっついてくる使い魔ばかりだったからか、久方ぶりのまともな会話はどうにも調子が狂う。
吐き出した言葉のその先を言い淀み、らしくねえなと苦笑した。
「瞳の保有者であるお前ら二人はオレを視認できてるが、他の奴らはそうじゃねえ。まあ元ゴースト連中は気配を感じ取るくらいならできてるみてえだけど」
「むぅ、それは、こう、どうにかならんのか?」
「さあな……やったことねえし、第一この格好のオレが周りから見えたら、それはそれで問題だろ。あと絶対契魂以外の元ゴーストから殴られる」
「それは愛の拳と言うやつだ、甘んじて受けるが良い。それにあの頃の司教なのに司教に見えなかった姿よりも、死神然としているぶん今の方が威厳もあって良いと思うのだが」
「殴られるのは百歩譲って良しとしても、他の反応をされた時が嫌なんだよ。つか死神らしさが上がってるぶんだけ余計にダメだろ」
「見た目など気にするような者たちではないぞ」
 賑やかな輪を眺めていた少女が、不意に男の方を見る。まだ幼さの残る――意思の強さがよく分かる瞳に、男は息を吐いた。
 見た目よりもその前に言及したことの方が男にとっては重要なのだと、聡明なこの少女は気付いて、あえて触れないままでいる。
 泣かれるのは嫌だ。どうして共に戻ってこなかったのかと殴られても、何故すべてを肩代わりしたのかと怒られても良いけれど、泣かれることだけは駄目だ。
 鎌に憑かれ、斬魂となり、鎌を抑え込みながら仕事をして、最終的に鎌と同化までした。前任がああなった、というのが最後の一押しだったが、結局は男が――フラウが死神の後釜として一番適任だったのだ。
 ちょうど扉をくぐって天界の長と会ったこともあって、鎌のまま暴走せず、魂もあれ以上侵食されなかったというのは不幸中の幸いだった。
 これは幸運の上に成り立った、フラウという男の末路である。
 未練がないとは言わない。しかし、後悔はなかった。
「今更見た目なんか気にしなくても、まあ、これでいいんだよ」
「良いわけがあるか!」
「い・い・ん・だ。オレもあんまり油売ってられないくらい忙しいしなぁ。お前ら二人以外にオレが見えると決まったわけでもねえし」
 もし姿を見せることができたところで、彼らの反応がどういうものか分からないし、何を話せば良いかも分からないから。
 空賊となり、鎌に囚われ、ゴーストとなり。かと思いきや司教になって、また――いや、今度は鎌そのものになって、ついには死神そのものにもなった。
 それでもこうして、フラウという男はここにある。己の悪運はつくづく良いらしかった。ろくに記憶がないまま斬魂になって、また死ぬかと思えばこれである。通算三度目の人生、と言えなくもない。
 しかしそれも、この生で永遠に終わるのだろう。
「やりもしないで諦める、と?」
「ははっ、全く好戦的でいらっしゃるお嬢さんだ」
「茶化すでないわ!」
「また今度な。ほら、お前の姿が見えないって騒ぎ出してるぜ」
 指で示した向こうでは、先程までは穏やかだった面々に「彼女の帰りが遅い」と不安が広がっている。本人はただ死神にちょっかいをかけているだけだが、彼女自身、街に出る度に世話係に探されていたという前科があった。それでは心配するなという方が無理な話である。
 それに、仕事、仕事、と繰り返す使い魔たちも増えてきた。ぐっと伸びをして一息つく。焦りを見せた少女を見て見ぬふりして閻魔帳を広げてしまえば、その小さな姿は掻き消えた。
 使い魔から情報を受け取り、さて、と意識する。移動も一瞬だ。同胞たちの力は今、己がすべて握っている。
 完成された死神の力を使っているのが、オレの神は死んだのだと宣った元司教だなんてお笑い草だろう。
 ――そんな話を、彼らはいずれ、これから成長していくあの子どもに話すのだろうか。話して、少しでもその記憶に残ってくれたら良いと、らしくもない思考にくつりと笑った。
「仕事仕事、と」
 あの子どもと、昔の同僚と、今なお気にかけてくれる少女と。
 感謝と、再会を祝う言葉を。
 きちんと伝える覚悟も、決めていかなければなと思う。

「――!」
 遠目でその姿を見つけた時に叫んでいた内容は分からなかったが、むっすりと拗ねているような表情のオウカに、ラブラドールは声をかけた。
「オウカ様」
 今度はぐっと顔を顰め、叫び声を向けていた方向を見ている。
きっとその横には、彼がいたのだろう。詳しい説明を求められたら上手く話せないけれど、そこに彼がいたような気がするのだ。
「オウカ様」
 もう一度名前を呼べば、ついに俯いた少女はぽつりと呟いた。向いているのはやはり、その隣の何もない空間だ。
「あの大馬鹿者め」
「それはフラウのこと?」
 首を縦に振ったオウカに、ラブラドールはくすりと笑みをこぼす。
「ありがとうございます、オウカ様」
「わ、私は何も」
「フラウのことを気にかけてくださって、ありがとうございます」
 繰り返し言えば、顔を上げたオウカはラブラドールと目を合わせ、何かを耐えるように目を閉じた。
「あやつは私とテイト以外に姿を見せることを怖がっている」
「そうみたいですね。でも僕らも気配を感じる時があるから、きっと二人以外のそばにも来てくれているんだと思います」
 ふとした瞬間に。
 実験結果を纏めている時。義手のメンテナンスをしている時。司教としての仕事を終えた時。馴染んだ気配がそばにあるような気がすることがある。
 そんな時、ラブラドールはいつだってこう言ってやるのだ。
「おかえり、って」
 オウカが目を見張る。
「ちゃんと目を見て言える日を、僕らはゆっくり待とうと思っているんです」
 彼が、ラブラドールたちから消えていったゴーストの力を束ね、還っていった昔の神に代わって死神となったことは、オウカから話を聞いたために知っていた。
 死神。人間ともゴーストとも違う存在。
 ゴーストだった頃、あの教会にいたゴーストたちの中で最も表と裏の生活の両立に苦しみ、渇望の苦痛に苛まれていた彼は、その鎌の存在もあって一番死神に近かったのかもしれない。
 ただの人間として鼓動も、体温も取り戻した自分たちと違い、これから先の永いであろう未来を過ごしていく彼。
 ひとの心を持つ彼に、その永久とも言える時間はひどく苦しいものになるのだろう。
「怒りたい気持ちも、泣きたい気持ちもあることは否定しないよ。でも、それよりも、これから先の短い僕らの人生に、彼がいないことの方が寂しいんだ」
 だから彼が、姿を見せられる日が来たら。
「僕らの代わりに、姿を見せてくれと、伝えてくださってありがとうございます、オウカ様」
「……そうだな、そんな日が来れば、良いな」
 笑顔で迎えたら、彼は笑い返してくれるだろうか。