わるいおとな

a month later

 国中にその名を轟かせる空賊の船に乗っていたのは、ほとんどが屈強な男どもだった。あるいは見た目が優男だったとしても、何かしらの特技を持っている者ばかりだった。
 そんな中に飛び込んだ幼い子どもが、まずは給仕をやらされたのは仕方のないことだっただろう。
 クルーたちが子どもについて知っていたのは、島で知らぬ者はいない酒場で働いていたということと、新しい領主との勝負において王者の足を引っ張ったこと、最終的にはその手で勝利を掴んだこと。その程度だった。
 唯一船長たる男だけはもう少しだけ他の者より知っていたが、それでも付き合いは浅かった。
 だから子どもに関しては、新鮮なことばかりだ。
「おーい、こっちにビールくれ〜!」
「酌してくれよ新人ちゃん!」
「ちゃんとか付けんな! あと酌はセルフだ!」
「なあワイン欲しいんだけど」
「赤か白か、それ以外なら種類決めてから言え! じゃねえと在庫が一番残ってるやつにするからな!」
 武骨な男たちがわいわいと酒を煽る中でも、子どもは新人らしくぱたぱたと走り回っている。
 羽交い締めをしてテーブルに引き込もうとしてくる腕を掻い潜り、かけられる声に返事をしながら要望のものを届け、さらにはオーダーする声に文句を付け。
 酒場で会った時よりも対応が雑に見えるのは、相手と子どもの関係性が客と従業員ではなく、同じ空挺に乗るクルー同士だからだろう。
 駆け回る金髪を視線で追いながら、流石に手馴れてるな、とギドは酒を煽った。
 浮島F31、通称エデンの酒場で幼いながら働いていた子どもは、その店の女店主の話では孤児院にいたそうだ。その父親はギドも知っていた空賊で、どこかから子どもを連れてきたらしい。
 母親に関しては父親も口を割らなかったらしく、周りが邪推し吹聴した噂しか聞き出すことができなかった。
 それに関してはどうしようもないことだ。ギドとて、もし子どもが出来てしまったら似たようなことをするだろう。
 空賊は軍からは快く思われていない。だからこそ、空賊なりに誇りはあっても、それに愛した女やその子どもを巻き込めるかどうかは話が別である。
「さっきからフラウのことばっか見てますね、頭」
「ん? おう、見てて面白えだろ、あれ」
 背後から忍び寄って抱き上げようとした男の気配にばっと後ろを振り向き、アルコールで顔を真っ赤にした男の顔を直視して叫びながら逃げている子どもは、それでも盆の上にあるジョッキを倒していない。
 手癖の悪さからして器用なのは分かっていたことだが、身軽さとまだ小さな身体を活かして狭い道を縫うように駆ける姿を見ると、どこまで絡まれずに逃げ切れるのだろうかと、いっそわくわくしてくる。
「まあそっすね、見てて飽きないっていうか」
「本人に言ったら『見世物じゃねえ!』とか叫ぶ気がしますがね」
「あいつらだってあの反応が面白いと思うからあれだけ構ってやってるんだろ。あれからまだ一ヶ月弱だってのに、完全に馴染んでるじゃねえか」
 テーブルの群れからようやく抜けた子どもは、深く溜め息を吐きながら厨房へと引っ込んだ。見えなくなった姿に手元のグラスを回せば、溶けてきた氷がからんと音を立てる。
 盗みは働くし、かと思えばあのマグダレンの店で働いているし、盗品で自己流でホークザイルのマシンを組んでいるし。あの年にしては恐ろしいまでの行動実行力と、それを成せるだけの頭脳と。
 あれはきっと大物になるだろうと思わせるだけの魅力がある。
 なによりも、あのきらきらとした笑顔だ。目付きの悪さと性格のせいで生意気なばかりに見えるが、あんな年相応の笑顔を浮かべることがあるのだと思うと、恋い焦がれる広い空に連れていってやりたいと、思わされてしまったところも大いにあった。
「フラウは頭のお気に入りですもんねぇ」
「なんだよ、お前らのことだって信頼してるぜ?」
「それはありがたい! いやでもそういう意味でなく。頭はあっしらのことをそんな目じゃあ見ないでしょう」
「……うん?」
「あれま、自覚してない? えっ、あの泣かせた女なら星の数ほどいるような頭が?!」
「おい待て、そりゃあ……」
 どういうことだ、と聞こうとしたところで、子どもがホールへと舞い戻ってきた。両手に酒や料理の乗った盆を持ってそれぞれを配りに行く子どもはこちらをちらりとも見ず、クルーたちがひしめき合う中に消えていく。ギドは無意識にグラスを回した。
 そして、一言。
「とりあえずお前らの言いたいことは分かったが、オレに稚児趣味はねぇぞ」
「ぶふッ」
「ングッげほっごほっ!!」
 揃って吹き出した部下たちを見る目が思わず白くなってしまったが、部下たちはギドの様子には気付かないまま咳き込む。彼らがギドに向き直ったのは、こぼした酒まできちんと拭き終わってからだった。
「い、今のは不意打ちすぎるでしょ」
「でもお前らが言いたかったのはそういうことだろ」
「あー、ああ〜……」
「せめて否定しろよ」
「否定できないレベルでずっと見てるんですもんしょうがないじゃないっすか!」
 目減りしたグラスに酒を注ぎ足した部下は、そう言ってすぐに注いだ酒を一気に飲みきる。かん、と高い音を立ててテーブルに置かれたグラスは、ギドの発言がよほど衝撃的だったらしいことを物語っていた。
 さすがに悪いことをしたか、という思いが脳裏をよぎるものの、ギドに稚児趣味がないことは事実なので黙って酒を飲むことにする。あのくらいの幼い子どもは範囲外であるのは本当のことだ。
 だがしかし、女でなければならないというわけではない。
 直接的に口にしたことはないし、抱かれる側は何か違うなと思うのだが、抱く側なら問題ないことは過去に実証済みだ。幼い子どもに手を出す気はないが。
「お」
「あっ」
 空になった盆を重ねて厨房に戻ろうてしていた子どもが、ようやくギドたちのテーブルに目を向けた。ばちんと音が出そうなほどに、視線がぶつかり合ったことを自覚する。
「お前ら、余計なことは言うなよ」
 近寄ってくる子どもに気付いた部下たちに先に釘を刺せば、二人は揃ってこくこくと首を縦に振った。
「あんたらは酒のおかわりとかつまみの補充は大丈夫か?」
「んん、おう、ゆっくり飲んでるしな!」
「そうだぜフラウ、オレたちは平気だ、あんま気にすんな!」
「や、本来はあんたらが最優先だろ。てかなんか様子がおかしいけど、本当に大丈夫か? 水持ってくる?」
 気遣うような表情を見せた子どもに、部下たちはひたすら首を横に振る。不自然にもほどがある仕草だ、あれでいて案外顔色を良く見ている子どもを言いくるめられるはずがない。
 挙動不審な部下たちに口許を歪め、意地の悪い大人は子どもの名前を呼んだ。
「フラウ、こっち来い」
「なんだよ」
 眉間に皺を寄せながらも素直に近寄ってきた子どもの背後で、良心的な部下たちは顔を真っ青にする。繰り返すが、ギドに稚児趣味などないのだ。
 目の前にきた子どもににやりと笑って、大人は抱き上げた子どもを自身の膝の上に乗せた。
「ぎ、ギド!? な、なんだよいきなり!」
「んー?」
「やめ、離せって!」
「悪いこたしねぇから大人しくしてろ。それともされたいか?」
「んなっ?!」
 警戒が緩んでいたのだろう、ギドの膝の上に収まってしまった子どもは目を丸くしてじたばたと暴れ始めるが、耳元で囁いた言葉に身体を硬直させる。ひどくぎこちなくギドの顔を見た子どもは、諦めたように力を抜いた。
「……なんなんだよ、ほんと」
「働くのはいいが、お前全然休憩してないだろう。もう良い頃合いだ、あいつらのことは放っておけ。必要になったら自分で動く」
「だからってこの態勢はないだろ……」
 身体を小さくする子どもの身体を抱き締め、頭に顎を乗せながら悪い大人は笑う。
「なら早く背ぇ伸ばすことだな」
「す、すぐデカくなる!」
「はは、数年後が楽しみだなァ」
 その言葉の真意を理解していたのは、子どもを捕まえて満足げに笑む大人の表情を目の当たりにした、哀れな部下たち二人だけだった。

 


2017.11.7